天才


    まったく太陽とは煩わしいものである。澄明な青空を拝んでいると、やけに目端で自らを主張してきやがるし、夏だとやり過ぎなくらいに騒ぎ立て、冬だと酷く痩けてあるのかないのか分からない。加減というものを知らぬ。旭も夕焼けもキモチワルイ。だのにあの太陽の自信はなんだ! まったく忿懣やる方ない。おれは四季問わず往来を行き過ぎながら赫々たる馬鹿太陽を睥睨し、その都度視力を損ねているのであるが、太陽なんぞに負けてはならぬと眼鏡のひとつも買わずに、判然としない景色を肩を怒らせ鼻息荒く驀進している。今日も今日とて憎き太陽はざんざんぎらぎらと路面を焼いて、野良猫を困らせている。おれは野良猫のきもちがよく分かる。空腹を感じているに相違ない。野良猫はいつだって腹を空かせているものなのである。畜生、野良猫にも腹が立ってきた。おれは少々暑さで頭が回らず、身内に飼っている疳の虫のアツカイに往生している。模糊とした視界もその原因であるだろうから、おれは肺肝をくだく思いで眼鏡屋に向かった。
眼鏡屋では眼鏡をかけた女が眼鏡に囲まれながら笑っていた。白痴である。しかし夏に於いてはみんな白痴になるのだから、別段気に留めなかった。手頃な眼鏡を都合してもらおうと白痴の女に話しかけたら、女はオムライスを運んできやがった。ここは洋食屋かコノヤロウ。おれはオムライスの乗った机をひっくり返し憤然と退店し、帰宅の道すがら鯛を一万匹釣った。旬か否かなどおれには関係ない。釣り糸を垂らせば鯛が我先にと餌に食いついてくるばかりか、中には水面から飛び上がり、おれの横にぼたっと落ちて、むやみに跳ねることもなくすっかり堪忍したかのように目を閉じてじっとしている鯛もある。そしておれは一万匹の鯛を袋に詰め、業者に八億円で売りさばいた。おれにはどうやら釣りと取り引きの才があるらしいから、日々こうして糊口を凌いでいるのである。