いざ太陽へ


 おれは太陽に行くためならどんな艱難でも堪えるつもりである。太陽には草木がないという。ああ悲しいことだ。おれは太陽に梨の木を植えにいくのだ。ロケットは既にある。食費を切り詰めてなんとか金策し、先月ようやっと宿願叶って購えたというわけだ。そこで少し欲が出てしまい、ロケットの外観に随分とこだわって、塗装などに費やしたせいで、燃料を買う金がなくなってしまった。しかしこんな些事で折れるおれではない。燃料などなくとも空は飛べるのだ。だからそう悲観すべきことではない。さて、隣人の庭で凛然と構えている梨の木を引っこ抜き、十分に睡眠をとったおれは、敢然と操縦室に乗り込んだ。するとやにわに鹿が現れ、機内に闖入してきたが、闊達なおれは無礼な鹿を海容し、虚心坦懐、太陽に出発したのである。母なる大地との惜別を済まし、乱雲を分け太陽へと驀進していた途中で、重力に顔を歪ませていた鹿がとうとうぺしゃんこになって絶命してしまった。やはり鹿は地球から離れられぬのである。はやくも同志を失い、蒲団にくるまって泣きたいような沈鬱な気分であったが、くそ、負けてなるものか。宇宙に出た頃には、鹿の死体は散り散りになっておれの周囲を舞っていた。これからの宇宙遊泳、栄養を欠かしてはならん。おれは血なまぐさい鹿の肉をなんとか飲み下し、しばし眠ることにした。最前食べた鹿が蜂に刺されて泣いているところにトラックが突っ込んで、鹿が散り散りになってくたばる夢を見た。おれは起き抜けに大笑して、喉を少し痛めてしまった。咽頭にかさぶたができてしまったらどうしよう。そこでわたしは女になることを決意したの。湯女になり安息なき世の殿方を慰藉して差し上げましょうってね。そしてわたしは乗っていたファンシーなロケットを捨て地球に戻り、温泉を開いた次第です。女将兼湯女としてこれから頑張っていきますわ。是非いらして下さいね。